東京地方裁判所 昭和54年(レ)154号 判決
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【判旨】
二そこで、控訴人がなした、本件賃貸借契約の更新拒絶につき正当事由の有無を検討する。
1 まず、本件建物の状態についてみるに、<証拠>によれば、本件建物は、建築後相当の年数を経ており、外壁、屋上に亀裂が生ずる等ある程度の損傷が存することが認められるが、右認定以上に控訴人が主張する事実、すなわち本件建物が早急に建替えなければ危険な状態にあり、かつ使用に堪えないほど不便であること、災害時の避難設備が不備であること、二階以上が荒廃していることの各事実は、本件全証拠によるもいずれも認めることができない。
2 次に、その余の控訴人側の事情について検討する。
<証拠>によると、控訴人は本件建物に隣接する土地上に五階建の建物を所有し、その二階の一部で、旅行あつせん業を営む会社を、四階で学習塾を経営し、その五階を住居として使用し他は賃貸しているところ、本件建物が売りに出されていることを知つて、これを買取つたうえで取りこわしその敷地上に従前から所有している前記建物と接続させて建物を建てたうえ右学習塾及び旅行業を拡張しようと考えたこと、そこで本件建物の二階及び三階部分の賃借人三名に対し、控訴人が本件建物を買取つた後に明渡に応じるか否かを確認したところ、いずれもこれに応ずる旨の回答を得たこと、被控訴人に対しては、被控訴人の賃貸借契約の期間が尚一年間を残していたので何らその意向を確めなかつたこと、控訴人は本件建物を買受けたのち、本件建物の二階及び三階を使用していた賃借人三名と交渉してその明渡しを得、本件建物を取りこわした後に建てるべき建物として、鉄筋コンクリートラーメン構造五階建延床面積364.66平方メートルの規模、構造で基本設計図の作成を依頼していること、本件建物の敷地の所有者である高橋雅子との間、昭和五五年七月末日までに建替える場合は承諾料等一切の金銭の支払いなくしてこれをなすことができる旨の合意がなされていること、の各事実が認められる。
3 次いで、被控訴人側の事情についてみるに、<証拠>によれば、被控訴人は昭和四八年八月三日に本件建物部分でスナツクを営んでいた片岡明子から、店内の内装部分を含めて営業権を代金一〇五万円で譲り受け、本件建物部分を所有者であつた滝口寅儀から期間は五年と定めるが更新することができるとの約束で賃借したこと、賃借後七〇〇万円程度の資金を投じて建物の内部を昼間は喫茶店、夜間はスナツクとして営業できるように改装し営業を開始したが経営が思わしくなかつたため、営業の形態を和風料理店に改めることとし、昭和五三年末ころ六八〇万円を投じて改装し和風料理店をはじめたところ客も増え経営が安定しはじめていること、被控訴人が昭和五二年八月分の賃料を支払つた際、控訴人より残存期間一年を賃貸借契約の期間として賃貸借契約をするよう要求があつたが被控訴人がこれを断つた結果、賃料を従前の一か月七万円を八万円に増額することで落着したことの各事実が認められる。
4 そこで右認定した各事実に基づいて考えるに、控訴人側の事情は、控訴人は、本件建物を取毀し、その敷地に新建物を建築し、隣接する自己所有のビルと一体として利用するために、本件建物を買受けたものであり、本件建物の被控訴人を除く他の賃借人からは既に合意のうえ明渡しを得ており、被控訴人が明渡しに応じれば、控訴人の右目的を達成することができ、しかも昭和五五年七月末日までに新建物を建築すれば、あらためて承諾料等の出費は不要であるとの地主との約定もあり、早急に被控訴人から本件建物の明渡しをうける必要があるというのであり控訴人側のみの事情としては明渡を求める必要性があると考えられる。しかし被控訴人側の事情すなわち、被控訴人が本件建物部分の賃借権を取得した後、相当多額の設備資本を投下し、昭和四九年末頃からはじめた和風料理店の営業も固定客がつきやつと順調になつており、現在本件建物を明渡すことは、経済的損失が大であるばかりでなく、被控訴人の生計の基盤をも失うことになる等の前記認定の各事実と比較検討し、かつ控訴人が本件建物を取得した際被控訴人が既に本件建物部分で営業を続けていたこと、控訴人はこの事実並びに被訴控人の営業形態を知つたうえで(この事実は控訴人が本件建物の隣に居住している事実から容易に推認し得る)本件建物を買受けたこと、本件建物それ自体において特に早急に建替える必要があるとは認め難いことの各事情を考慮すると本件建物部分につき賃貸借契約の期間の更新を拒絶し明渡しを求めるに足りる正当な事由があるということはできないし、控訴人において予備的に正当事由を補完するため支払を申出ている二〇〇万円程度の金員の支払いによつてその正当事由が補完されるものとも認め難い(なお、弁論の全趣旨によれば、控訴人は右移転料を増額する意思がないものと認められる。)。
(川上正俊 満田忠彦 笠井勝彦)